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■ユカリさん、髄膜炎に掛かっていた!の巻(2016年春)。

あーうっかりうっかり。前回の投稿からどれだけ時が経ってんだという話。書きたい気持ちはありつつも書きかけては消しての繰り返しで、気付けば結構な時が経ってしまった。母の話も自分としてはちゃんと整理して記録しておきたいものの、なんともゆっくり向き合う余裕がなく。とりあえずで適当に書くようなことでもないので、時間が掛かっています。早いもので母が亡くなって2年が過ぎ、いろんなことがありましたよ。いろいろあったことの中で、今日はもう二度と味わいたくない痛み編をお送りします。

 

疲れとストレスのおかげで免疫力が低下したのか去年の5月には髄膜炎になりました。もうね、これすんごかったの。ここ数年肩こりとは無縁の生活を送っていたのに、なんか肩が凝ってるなーという日々が続いて全然解消しないので湿布貼ったり塗り薬使ってみたりしてたのにさっぱり解消されなくて、次第に頭痛が頻繁に起こるようになってきて。最初のうちはロキソニンも効いたんだけど、だんだん効かなくなってきてこれはなんかちょっとおかしいと思い始めたものの、世間はゴールデンウィーク。医者もやってないし、仕事は繁忙期でガッツリシフト入れてるしで、なんとか誤魔化しつつ乗り切ろうと思ってたんだけど、ある日すごくしんどかったので仕事に行く前に熱を計ったら37.5℃。どうしようか悩んだけどとりあえず行こうと思って東横線に乗っていたら、家を出るときにロキソニンを飲んだというのに猛烈な頭痛が襲ってきてなんか嫌な予感があったので責任者に連絡を入れておうちへと引き返したのです。行って動いてれば治まるかも?と思っていたけど、このとき引き返して本当に良かった。行って仕事してたらたぶん救急車乗ってたと思う。

 

家に帰って横になるも頭痛が酷くて眠れない状態。寝てしまえば起きたら頭痛なんぞ治まるでしょ!というレベルではなかったのです。ジッとしていることも困難になってきたので、夜中1時を過ぎた頃、救急病院に電話をして夜間診療に駆け込む。本当なら彼氏がいるはずなのに連絡がないまま帰ってこない…。このとき彼氏は夏の間の短期でエアコン取付の仕事をすることが決まっていて5月から研修に通っていたんだけど、そこの社長がクソ過ぎて爆発していたのでした。人手が足りないというので紹介されて行ったので紹介者の手前かなり我慢していたみたいで、休みの前の日ということで飲みに連れ回されて翌朝全ての道具を持って帰って来た。それはそれで今思えば面白かったんだけど、なにもこんな日に…。タイミングが悪いとは正にこのこと。予想はしてたけど、ゴールデンウィーク中の病院には研修医のような若い先生しかおらず、応急処置という感じで抗生物質2種類を処方され様子をみることに。彼氏は朝方帰って来て仕事に行ってるはずの私が家にいるけど、具合悪そうだし辞めてきたとは言い出しづらい状態だしで微妙な空気が流れる中、私は頭痛が治まらず唸りながら仕事も休み一日中横になっていた。ちなみに彼氏はそのときの仕事は辞めずに9月中旬までしっかり勤め上げました。

 

夜には熱が38.6℃まで上がったので、翌日朝イチで掛かりつけのクリニックに行くことに。インフルエンザと溶連菌の検査は陰性。とりあえず解熱剤で様子見て何も変わらなかったら明日も来てということだったので薬飲んで大人しくしてた。しかし、薬が切れれば熱は上がるので根本的な解決には至らず状況も変わらないので、翌日も掛かりつけのクリニックへ。髄膜炎の可能性があるということで、大きな病院に紹介状を書いてもらいそのままタクシーで直行。待合室で待っている間に熱と頭痛がどんどん酷くなってきて座ってられない。唸っていたら他の患者さんが気付いて、ずいぶんツラそう…横になった方がいいわよと席を1つ空けてくれた。それにしても休日診療の患者の多いこと…1時間半くらい待ったような気がする。そして紹介状があるのに後回しになってたことに病院の人が気付いて順番が繰り上がった。おい、先にしてくれるなら最初から気付いてくれよ、と。何もなしに来てるわけじゃないんだから!

 

診察室に入ると問診から始まって、髄膜炎の疑いありということでCT、血液検査、尿検査、レントゲン、髄液検査などなど各種検査を受けた。ベッドに寝かされたままとか車椅子に乗せられ各種検査をする場所に運ばれたりして周りにいる人の中で私がいちばん重病人っぽかった。検査のフルコースやぁ!と彦摩呂になる余裕もないほど朦朧としていたので何か言われても頷いたりするのが精一杯。ベッドに乗せられ天井を見ながらCTを撮る部屋に向かう途中、恐らく入院することになると思いますと言われて、そりゃそうだよなこんなにツラいんだから入院しないという選択肢はないよなと腹を括っていた。髄液検査は腰の辺りに針を刺して髄液を採取。髄液を採取した後はとにかく上体を起こさず安静にしていなくてはいけないということでとにかく放置。寝ようにも寝れる感じじゃないし、ただただボケーッとすごすこと2時間。

 

結局、髄膜炎という診断には数値が足りないということで全く納得いかない「頸肩腕症候群(けいけんわんしょうこうぐん)」という病名が付いた。もちろん数値が足りないので入院もなし。とにかく数値がちょっと足りないらしかった。笑ってしまう。症状としては髄膜炎にびったり当てはまるのに(髄液検査をしている最中、髄液の色についてもぶつぶつ言ってた)数値がほんのちょっとでも足りなければ髄膜炎じゃないのだそうだ。頸肩腕症候群の症状に高熱や激しい頭痛、嘔吐などはない。ゴールデンウィーク中に救急に行ったときに中途半端に抗生物質もらって飲んでいるし、きっとそれが数値が足りなかった原因なんだろうと思う。なんか調子悪いなと感じ始めた4月中旬、今までほとんど出来たことのなかった口内炎が口の中や唇にいっぱい出来てとても痛かったんだけど、たぶんそれがヘルペス性口内炎だったんでしょう。そんなんで病院を出たのは17時を回っていました。朝イチでクリニック行ってから8時間、とても長かった。支払い13,750円。

 

その後1週間くらい安静にということで仕事を休み、その間に誕生日を迎え…。食中毒とか胃腸風邪、インフルエンザなどいろいろ掛かった病気はあるけど、間違いなく人生でいちばんツラかった。食欲失せるほどの頭痛と発熱。動くと痛い、動かなくても痛い、気持ち悪い。母のがんが分かったときもいろいろ調べたけど、病気になったりしたときにその病気について調べたりすると医師監修の記事でもストレスは免疫力を低下させるのでなるべくストレスを溜めず、暖かくしてしっかり眠りましょうとかそういう内容のことが書いてあるけど、私自身そこまでストレスためないタイプだし、ストレスがあっても上手いこと発散していたような気がするし。あまり小さなことにはこだわらないというか、物事も良い風に受け止めているタイプなので、他人よりはストレス感じにくい、溜めにくいタイプだとは思うけど、振り返ってみればこのときの毎日のイライラは本当に酷かったので、それが原因の根本だったんだなと。「ストレスは免疫力を低下させる」というのを身をもって体験した形となりました。大して長時間の労働をしているわけでもないのに精神面やられ気味で、仕事が終わるとドッと疲れていたし、それだけじゃなくてイライラ、モヤモヤしてばかりだったし。滅多と出来ない口内炎が出来たこと自体が免疫力の低下からだったんでしょう。なかなか治らないどころか次々新しいのが発生していたし。

 

以前に心の調子を崩したことがあり、その経験から「食・睡眠・性」の三大欲求のうちのどれか1つでも低下したときは黄色信号だと感じていて、逆にこの三大欲求を健全に満たしている、感じているときというのは心身共に健康という1つの目安になっています。それに加えて、なるべくストレスを溜めないことが大切なんだなと。日本人は辛抱強く我慢することや自己犠牲の精神が美徳とされがちなところがあるけれど、それはもちろん全てのことに対してではなくてそういうことが必要な場面はあるけれど、自分の目的や大切なことはなんなのかしっかり見極めて、自分の気持ちにしっかりと向き合って自分を大切にすることを忘れないようにしなければいけない。自分を縛っているのは自分でしかない、自分を解放してあげられるのは自分しかいないということ。ストレスの原因は見つけたらなるべく早く解消する。難しいように思えるけど、本当は単純なことなんだと思います。


■2015年が終わろうとしている。





クリスマスも終わってもうすぐ新しい年がやってくる。ちまちまと母のことや秩父へ行ったときの記事を書いているが思うように進まない。気づけば料理の記録ばかり。私は一体なんなんだ。自分が気に入ったレシピが迷子にならないよう記録しているだけなので単なるメモでしかない。それがいちばんの目的なのは確かだけど、簡単そうだから作ってみよ!となってくれたら嬉しいなと思ったり。実際ちらほらそういう人がいてくれるので内心ほくそ笑んでいる私。



12月は、秩父に小旅行して、せっせと料理して、友人の舞台やLIVEを見に行ったり、母の関係の用事を済ませたり、仕事の忘年会(今の仕事して3年ちょっとだが初めて会社から予算が出た!)行ったり。ごくごく最近は良く行っているお店に行って今年の食べ納めに勤しんだり。年末年始は彼氏の実家の秋田へ行く。31日から1月5日まで。帰ってくるのは6日の朝。お正月に彼氏の実家に行くのは2回目だけど今回はちょっと長めの滞在になるので、雪が多く車社会の町で何をしようか(私は免許持っていません)。そんな中、石川と石山が出る秋田テレビで放送するゴルフの番組が見れるというミラクル。



母が最後にしていた仕事を始めてからはお休みはカレンダー関係なく週2のお休みも連休ではなかったのでゆっくりお正月を一緒に過ごせなかった。来年はゆっくり過ごしたかったな…なんて思う。本当はそうしているはずだった。でも叶わなかった。泣けてくる。ちょっと落ち着いて来てふとしたときにいろいろ思い出しては涙が出てくる。直後1ヶ月はやること多いながらも毎日毎日泣きっぱなし、その後は日常に戻り仕事の合間に諸々やることがあったりで忙しくしていたり、彼氏や愉快な仕事仲間のおかげであまり泣かなくて済んだ。泣かなくなることは薄情なことではないと分かっているけど、泣かない日々にもやっとしてみたりもした。今は本当にちょっと落ち着いて来た感じなんだなと思う。思い出して泣く余裕が出てきたということだ。



クリスマスのちょっと前にいつも買い物をする商店街でジョン・レノンの「Happy Xmas (War Is Over)」を耳にしたとき涙が止まらなくなった。今年は戦争みたいな年だったな…と思う。母と一緒に病と闘い、不安で折れそうになる気持ちを一生懸命立て直しながら母の前ではもちろん彼氏や友人の前でもなるべく笑顔で元気にと頑張った。2月に母が入院してから10月3日に亡くなるまで病院に出入りしていていろいろ勉強になること、考えたこといっぱいあった。母との時間はとても貴重だった。うちは母子家庭ということもあってかなり仲が良かったし、親子であり姉妹であり、親友みたいな関係でもあった。身内だからこその行動だけど、自分が忙しかったり面倒だなと思うときはちょっとおざなりにしてしまったり。そんなことは誰にだってあることだって分かってるんだけど…そのときにもうちょっといろいろ分かっていたらもっと大切に出来たのになと思う。だけどこういうのはこうなって初めてちゃんと分かるもんなんだなとしみじみ思う。誰かに言われたからって分かるもんじゃない。経験を伴って初めてちゃんと分かること。中学生のころまで一緒に暮らしていた祖父も亡くなっているけど私は祖父の遺言により祖父の死には関われず、死んだという実感もなくなんとなくどっかに行ってしまったというような感覚。身内を亡くしたのは母が初めてのようなものだった。



23歳のときに実家を出たけど、よくよく考えてみたら親と一緒に暮らしたのはたったの23年という事実。私がいつか結婚して落ち着いたら一緒に暮らしたいなと1人勝手に考えていたけど叶わなかった。正直私は実家を出たかったわけではない。母が亡くなったら私は1人でやっていかなければならないんだからということで私のためを思って母は私を実家から追い出してくれたのだ。1人で暮らさなければ分からなかったことや出来なかっただろうなということがたくさんある。大変なときもあったけど、1人暮らしをして良かったなと思う。そして気付けば彼氏が出来て一緒に過ごすようになり、再び実家で暮らすことはなかった。何が言いたいのかというとそれなりに親子関係が良好な人は一緒に暮らしていても離れて暮らしていても仲良くな!ということ。健康には人一倍気をつけていた母だから当たり前のように80歳くらいまで生きるだろうと思っていたし、いつか介護したりする日が来るのかななんて昨今よくやっている介護を話題にしたテレビ番組を見ながら思っていた。9月に余命を告げられてからは私が出来ること、身体を拭いたりベッド上で髪の毛を洗ったり、口腔ケアや車椅子への移乗や体位交換などやったけど、所謂老人介護というものはすることはなくなってしまった。短い期間で更に病院の中でだったからかもしれないけど、私は母のお世話をするのがすごく楽しかったし、役に立てることが嬉しかったし、毎日少しずつ出来ないことが増えていく母のことが哀しくて愛しくてたまらなかった。



旅行に連れて行ってあげるとかの分かりやすい親孝行は出来なかったけど、去年の11月辺りから体調の悪い母に付いていてなんとなく親孝行出来たのかなと思ったり。これでちゃんと病気が治れば最高だったんですけどね。旅行に連れて行くほどの余裕はなかったけど、今思えば気軽な日帰りのバスツアーとか行っておけば良かった。食事はときどき行ってたけど、どこか一緒に観光地っぽいところに出掛けたのは2005年に2人で伊豆下田に旅行したときが最後かもしれない。派手に出掛けたり高価なものを買ってあげることは出来なかったけど、私と母はいつだって関係良好だったし実家が近くなってからは作った料理をお裾分けしたり、休みの日にはスイーツ買って行って母と過ごしたりした。些細なことでいいから自分なりの親孝行が普段から出来ると自分が先に死なない限りいつかは必ず来る親とのお別れの日に後悔せずに済むんじゃないかなと思う。もちろんもっとこうしてあげたら良かったなとかそういうのは絶対あると思うけど。自分も親も恋人も友だちも今日元気でも明日元気かどうかは分からない、いつ事故に遭うかもわからない。そういうことだよね。今こんなに痛感していても残念なことに当たり前の日常がそれを忘れさせる。当たり前がどんなに尊いことか。ときどきこの経験をちゃんと思い出しながら身近な人を大切にしていけたらいいなと思う。



母との闘病記の中で振り返り伝えようと思ってたことだけど、まだまだ書き上がりそうにないので今年のまとめとして。とにかく今年は母・病院・ヤクルト優勝という感じだった。何を置いても母が最優先だった今年。来年はどんな年になるのかな。よく考えて目標を細かく設定しようと思う。自分の転機となった今年、考え方もずいぶん変わったし、来年はいよいよ名字も変わりそう(!)。母から学んだことを無駄にせずにしっかり生きて幸せにならなければいけない。



Twitterで弱音を吐いたときや、母が亡くなったときなど、声を掛けてくれた方々にこの場を借りてお礼を。デリケートな問題なのでなんて声を掛けていいのか分からなかったという方も多かったと思う。私も自分が同じ立場だったらきっと声掛けられない。それぞれの性格や考え方があるので、どれが正解とかはない。私の発信する言葉を受け取って何か言葉を掛けてくれた人・声は掛けなくても何か考えてくれた全ての人に言いたい。励ましてくれて、見守ってくれてありがとう。今年はいろんな人に感謝することが多い1年でもあった。いつどんな形で私が恩返し出来るのかは分からないけど、私の得意分野が誰かの役に立つときが来るときのために準備だけはしっかりしておきたい。本当の意味でのお礼とか恩返しっていうのはすぐ出来るものじゃないと思うので。



これで今年の更新は最後。来年こそはiPhoneからも更新するようにしてもうちょっと頻繁にBlog記事アップしていきたい!…毎年言ってるような気がするけど。そんなこんなで、みなさん良いお年を!

■何から書けばいいのかな…


4月の終わりに母の病気についてのBlogを書いてからもう7ヶ月近くが経ってしまいました。そして今、母はもうこの世にはいません。病名が判明してから1年も経たない10月3日の7時7分、私の大好きな東京ヤクルトスワローズが優勝を決めた翌朝、母は空へと旅立ちました。ここ約1年の間に起こったことを整理しながら向き合ってしっかり文章にしておきたいのですが、もうここまで書いただけで涙が止まらなくなってしまいます。母が亡くなってからすぐに連絡するべき人に連絡をし火葬を内々で済ませ、お線香を上げに行きたいと言って来てくれた方の対応、遺品整理をして部屋を引き払い、諸々の解約手続きなど。11月からは9月からずっと休んでいた仕事も復帰しましてバタバタと毎日が過ぎて行きます。今は仕事の繁忙期も過ぎて落ち着いたのでまだ手付けずになっている手続きを進めなくてはいけません。

自己満足以外の何者でもないこのBlogですが、自分の記録としてしっかり文章にして残しておきたい。かなりしんどい作業になると思うので時間は掛かると思いますが、ちょっとずつ書きためて徐々にアップしていけたらと思います。

2月に母が入院してから7月に一度退院して、1ヶ月足らずで8月に再入院。それからがかなり精神的に厳しくて。そんな中、ヤクルトの活躍が心のよりどころでした。今年は例年に比べて野球を見に行くことが出来なかったけれど、我らが東京ヤクルトスワローズ!14年振りのリーグ優勝を果たしました!9連敗したときにはどうなることか…と思ったけど、後半のヤクルト強かった。日に日に状態がちょっとずつ悪くなっていく母を看ながらヤクルトの活躍が私を励ましてくれました。本当は優勝を決める日にも球場にいました。関本に同点タイムリーを打たれて、なんだよー!ってなって喫煙所に行ったとき、病院から電話が鳴りました。球場を後にして急いで病院に向かいました。まだそんな予兆みたいなものはなかったのに突然のことでした。

11月23日のファン感謝デーも行ってきました。観覧イベントでの優勝までの軌跡みたいなコーナーでは映像と共に今シーズンを振り返りましたが、このとき母はこんな感じだったな…とか、野球を心のよりどころとしていた私としては全てが母と結びついてしまって感傷的になってしまいまして。母が亡くなったのも7時7分で真中監督の背番号の時間だし。今年は野球と母が全て。忘れられない年になりました。

たくさんの人の優しさと思いやりにふれて、母にしっかり寄り添うことが出来たと思っています。後悔もしていません。自分にとって大きすぎる母の存在。いろんなことを考え、自分を見つめ直す機会になりました。親友のようになんでも相談していたし隠し事もなかったのでこの先悩んだり困ったときにはどうしたらいいのか…不安はあるけど、母の分までしっかり強く生きていかなければね。本当はまだ心はふわふわしたまま。まだまだ時間が必要です。そりゃそうだよね。ぼちぼちやっていこうと思います。

■母、入院3ヶ月を越えて4ヶ月目に突入。

Blogを書けないでいる間、いろんなことがありました。まず、前に書いた母の胃の中の異物がなんだったのかは年明けすぐに判明しました。異物?そんなものは存在しませんでした。腫瘍でした。逸見政孝さん風に発表しますと、母が犯されている病気、病名は食道がんです。がんだけにガーンって、本当にそういう気持ちになりましたね。医者ががんを異物があるとか言うって一体どういうことなの!?という感じですが、思い起こせば去年の春先からものが飲み込みづらいという症状があり、持病のための通院のときにも何度も訴えていたものの、嚥下障害だとか逆流性食道炎だとか言われ、それの治療をしていたのに一向に改善されない。11月頃にはほとんどものが喉を通らなくなり唾液も飲めなくなり戻すしかなくなってしまいました。12月に掛かった肺炎も無理に食べようとした結果起こした誤嚥性肺炎だったのだと思われます。その肺炎の治療で通っていた町医者の先生がおかしいということで細かい検査の手配などしてくれなかったら今頃どうなっていたかと!!だって恐ろしいですよ?元々体重の軽い母ですが、食べれない状態が続き最終的に体重が30キロ切ってしまったんですから。

なぜこんなにまでならないと食道がんを疑ってくれなかったのか。圧倒的に男性に多いがんだからということでした。病気に男性も女性もないじゃないか!と思うのですが、そんなもんなんですかね…症状を聞いて疑ってくれたら良かったのに。可能性は低いかもしれないけどいろいろ検査したら病院だって儲かるし、こちらも何かあればあるでこれからのことを考えられるし、なければないで安心出来るのに。唾液も飲めないような状態だと食道がんの場合、かなり進行していてあまり良くない状態のことが多く、既に手術が出来ない状態のことが多いみたいですが、幸いうちの母に転移はなく、入院当初は手術を前提として治療をしていましたが、今の段階ではとりあえず手術はしない方向の治療をしています。2度の抗がん剤治療と放射線治療の経過がかなり良好だったからです。第一段階の病理検査ではがんは見つかりませんでした。もっと細かいところまで検査しているということで最終的な結果はまだ聞かされていませんが、再び化学療法となることは避けたいところ。というか、がん細胞が見つからなかったとしたらラッキーだけど、化学療法によって小さくなったとは言え腫瘍は腫瘍。それは手術で取り除く必要はないのだろうか?母に出来ているがんの位置は微妙な位置らしく声帯を傷つけてしまう可能性があることや、体力面から言っても手術はしなくて良いならそれがいちばんだけど、たくさんの?が頭の上に…。

先生から経過説明のために呼ばれたときも聞くのが精一杯で、母と話していてあとからあれはどういうことなんだろうね?とかそういう感じで疑問や分からないことがちょいちょい出てくる。そもそも私も治療計画や経過説明を家族の方も一緒にという感じで呼び出されているわけで、なかなかないことなので自覚はなくとも緊張しているのか頭が追いつかないというか…ちょっとかみ砕いて分かりやすく詳しく説明してくれる池上彰的な人を連れて来てー!って感じなんですけど(笑)。威圧的な感じは全くないけれど、大学病院なのでなんていうか余計なこと言わないし説明が簡潔。たくさん患者さんもいるししょうがないのかなとも思うけど、もうちょっとかみ砕いて説明してくれたらいいのになと思ったのでした。母は大人しく言うこと聞いて全て任せて治療を受けているけどちゃんと理解して納得してるのかなぁ。先生は母に合った治療法を選択してくれていると信じているけれど、手術するにしてもしないにしてもこの先のこともあるわけだし、私は家族としてちゃんと理解して納得したいと思うので、退院するまでには疑問に思ったことはちゃんと聞いておきたいと思う。

今現在、母は元気です。病気が治ったということではなくて精神的に元気ということ。良く笑うようになったし、12月の肺炎のときなんかはこのまま死んじゃったらどうしようと思うくらい弱っていたのでね。今振り返ってみると、抗がん剤と放射線やってたときはやっぱりしんどそうだったなと。だけどそれ以上に何も食べられなくて頑張って食べようとして起こした肺炎のときがいちばん状態が悪かった。だから入院してからの方がよっぽど元気に見えるし、表情が全然違う。ホントこのまま何事もなかったように治ってくれたらいいのになと祈るばかり。


入院している間に母は63歳の誕生日を迎えました。飲み物やなめらかなものしか喉を通らないので病院に併設されているスタバでコーヒー&クリームフラペチーノとコーヒー&クリームラテで気持ちだけはどんちゃん騒ぎ。飲めるようになっただけでもかなりの進歩なんですよ。この頃にはもう飲み物だけはよく飲めるようになってた記憶。今では喉を鳴らして飲み物を飲めるようになりました。入院してからは誤嚥して肺炎になる可能性があるから食事は一切なし。飲み物やなめらかなもの、プリンやヨーグルトは摂ってもいいということですがそんなんじゃ栄養はもちろん足りず、基本的には点滴で栄養を摂っています。今は狭窄部を広げる処置を2回ほどしたところで、今日3回目の処置がある。今週病院から重湯が何食か出ましたが喉のところでゴボゴボして不快だったようで、自分でヨーグルトとかプリン買って食べる方がいいですかね?と聞かれたときに黙って頷いたら中止になったとのこと(笑)。大きな声では言えませんが…実はこっそり固形物も食べてます。小さくちぎって食べられるようなものなら自分で調節出来るようで食べて喜んでます。まぁそれくらい元気ということです。何も食べれなかったり、食べようとしてみてダメで苦しそうに戻してるときのことを思うと回復っぷりに感動します。

今までで病院から母と一緒に外出したのは3回。抗がん剤やったら髪の毛が抜けると思っていたら抜けなかったので髪の毛を切りたいということで、2回目の抗がん剤が始まる前に。このときは髪の毛を切ってからガストに入ってみたけど雑炊が喉を通らずツラそうでちょっと落ち込んだね…。1ヶ月以上病院から一歩も外に出てなかったので気分転換くらいにはなったかなって程度でした。そうそう、髪の毛は2回の抗がん剤治療でもほとんど抜けませんでした。いや、たぶん抜けてるとは思うけど、帽子やウイッグが必要なほどではなく…副作用に個人差があるのはもちろんのこと、どうも抗がん剤にもいろいろあるようで、食道がんに使われる抗がん剤はそこまで脱毛の副作用は出てこない?というか個人差の問題なのかな。とにかく現時点ではほとんど問題ないのでこれもラッキーなことの1つでした。もちろん今後3回目の抗がん剤をやるようなことになったらどうなるかわかりませんが。


2回目の外出はサンシャインで開催されていた芥川製菓のチョコレートのアウトレットセールへ。これは4月17日のことなんだけど、この頃にはもう本当に元気って感じで逆に心配しちゃうくらい。そんなに歩き回ったり興奮して大丈夫なの?みたいな(笑)。このアウトレットセールの頃にはもうさすがに退院してるよね〜と話していたのに退院出来てませんでした(爆)。でも何の問題もなく外出出来るくらいになっていたのでそれは良かった。そもそも最初の外出のときは予定していた外出の前の晩に高熱を出してしまって一度流れていたのでね。この日はお昼にびっくりドンキーに行ってハンバーグを食べました。母はライスは食べることは出来なかったけど、ちみちみと1口を小さく時間を掛けてハンバーグ一個と付け合わせのポテトとコロコロした野菜のソテーみたいなものを食べきりました。すごい。アウトレットセールでは欲が爆発。お互い8000円くらい買い込んでこりゃ重くて持って帰れないね…ということで宅急便に託しました(笑)。


3回目の外出は4月24日で、まさか2週続けて外出したいというとは思っていなかったのでビックリしたけど、どこ行くよ?って聞いたら、芥川製菓のアウトレットセールが唯一の池袋ショッピングパークにある直営店で行われているのでそっちも見てみようよ!とのこと(笑)。どちらにしてもそこではあまり買うものもないでしょってことで、母は他にも行き場所を考えていた…。前に私が北千住にあるドンレミーのアウトレットがすごい良かったよという話をしていたのを覚えていて暇で病室で携帯で調べていたらしく、上野の店舗なら電車に乗ってすぐだし行ってみたい!とのこと(笑)。芥川製菓を覗いてすぐにお昼ごはんに【A】PIZZAに行ったんだけど、こちらも母のリクエストで。病室でちみちみこそこそとパンをちぎって食べているのもあって、ピザならパンと似てるし食べ慣れてるからいいかもということでチョイス。以前にも母と一緒に来たことがあって美味しい美味しいと母にしてはたくさん食べていたのです。

やっぱりここはいつ来ても美味しいし、接客の感じがとても良い。適度にフレンドリー、だけど馴れ馴れしくない。親しみと好感の持てるお店。前にも飲んでとっても美味しかった、見た目もかわいいローズ&ローズヒップソーダがあったので飲んだ。この味どこでも飲んだことがない味なんだけどどうやったら自宅で作れるだろうか…。とても爽やかで美味しい。


母はしらすと大葉のピッツァ、私はポルチーニとパンチェッタのホワイトピッツァ。サラダとドリンクのセットだったので、サラダが付いてきたんだけど、母が食べれるか心配したのもつかの間。全部食べれました!たぶんね、生野菜なんて食べたの半年以上振りだったんだよね。美味しい美味しいと食べる母の姿が嬉しくて。ピザは元々カットする大きさを選べるんだけど、いちばん小さい1/8カットにしてもらってシェアして食べた。何の問題もなく食べれてまた感動。時間を掛けてちみちみハンバーグ食べたのが1週間前のこととは思えないくらい。日に日に良くなっているんだなぁと実感した出来事でした。ランチのあとは上野のドンレミーへ。天気も良かったので杏仁豆腐とフルーツの乗ったアラモードを買って不忍池を眺めながら食べたのでした。病室でこっそり食べる切れ端スイーツもちゃっかり買ってましたよ。上野から戻ってからベローチェでコーヒー飲んで病院へ帰った。とても楽しかったみたいで表情も良く、何より良くなっていることを本人がいちばん自覚して嬉しかったんじゃないかなと思った。2回目の外出のときは食事はちょっと苦労したけど、3回目はそこまで支障なかったので。病院にこもってばかりでは分かりづらいことも家で普通に生活しているときのように外出してみると実感することも多かったんじゃないかな。

そんなわけで、だいぶ良い方向へ向かっていますが処置と経過の検査はもちろん、たぶん病院から普通の食事が出るようになって問題なく飲食できるようになってから退院だと思うので、まだもうしばらく入院生活は続くかと思います。細胞診検査の結果次第でも治療計画が変わる可能性はあります。でもやっと先が見えてきて少しホッとしたという感じでしょうか。入院した頃はまだ寒い2月の初めだったというのに今ではもう半袖で外を歩いてる人がいる季節になってしまいました。まさかこんなに長くなるとは思ってなかったけど、ここまで来たらなるべく良い状態で退院して欲しいと思うのでもうしばらく頑張って欲しいですね。まだ全然親孝行出来てないのでなるべく元気に長生きしてもらわなければ。私自身もいろいろ考えることが増えて大変と言えば大変でしたが、今回のことに限らず、先のことを考えながらやっていかないといけないなと、自分の人生や母との関係について考える良い機会になりました。あのときはホント大変だったねと、もうちょっと後で笑っていれるといいと思います。 

■2015年がやってきた。

西新井大師で初詣

あけましておめでとうございます。3日に途中まで書きかけたのに消えてしまったので結局遅くなってしまった。年末は31日まで仕事に行って、お正月はのんびり。ちゃんと年越しそば食べて、お雑煮作りましたよ。

1日に作ったお雑煮

珍しく今年は2日に初詣に行きました。混んでるの嫌なので3が日過ぎてから行くことが多かったんだけどね。今年は西新井大師にバスで行ってみました。昼くらいに行ったんだけどなかなか混んでましたね。しかし、毎年たくさんの参拝客がいるので参拝列の誘導も手慣れたもんで行列の割にはサクサク進んで無事お参り出来ました。3つのお願い事をしておみくじを引いたら中吉。良いことも悪いことも書いてあったけど、あまり気にせず努力するのみ。努力が道を拓く!はず。

お参りが終わってからかどやさんという甘味処へ。昭和の雰囲気ムンムンの懐かしい感じのお店。このお店は彼氏が前もって調べてあってぜんざいを食べようと決めていたんだけど、お腹が空いていたのでカレーラーメンとデザートにぜんざいということになりお腹いっぱい。カレーラーメンが意外なほど美味しくて幸せ気分。

かどやさんのぜんざい

母の体調もあまり良くなく結局胃の中の異物も判明せず。他にもいろいろあって不安な気持ちがとても大きいけれど、暗い気持ちになっていてもしょうがないのでいい方向へ進むよう私が明るくいなければね。何より不安なのは本人がいちばんだと思うので。不甲斐ない自分が情けないばかりですが1つずつ解決していけるように頑張らなければいけないなとひしひしと感じております。

そんなわけで今年もマイペースな更新になると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。

■料理は楽しい&異物混入?!

↑飲みの残骸。ごはんの写真は作るのに必死で撮れてません。

21日は仕事仲間とゆかりごはん会。説明しよう!ゆかりごはん会とは私がごはんを作って安く好きに飲み食いする会のことである。自分が飲むお酒は自分で用意することであまり飲まない子も損しないといういいシステム。自炊なので1人1000円程度で山盛りのお料理を作ることが出来る!

今回は9人集まりまして、プチ忘年会という感じ。さすがに9人分の料理なんて作るの初めてだったけど、なんとか段取りよく出来て一安心。終電で帰る人もいたのでその人が帰るまでにちゃんと10品出せました。事前に仕込んでいった味付け玉子以外、全て場所提供者のおうちで調理。更に彼氏がニョッキを手作りしてくれたので11品出しました(笑)。

なんだろうね、料理好きなのはもちろんだけど、人に作って食べてもらって美味しいと言ってもらえるこの充実感と満足感。何にも代えがたい喜びが…!お世辞かもしれないけども、美味しい美味しいと言って食べてくれるとやっぱり嬉しいものです。

お酒やスイーツを差し入れてくれた人もいてとっても盛り上がりました。19時集合(私は仕込みがあるので16時くらいから行ってた)で最後までいた人は7時すぎまで。仕事の関係で終電までと言っていた人も結局朝までいたりで、それだけ楽しかったということでいいんでしょうか(笑)。いろいろ面白かったです。

母の肺炎は良くなりまして。だけど、喉がおかしいのは相変わらずで肺炎が治っても食べれません。治りかけのときに母が気づいた喉の腫れ。細いので全然気づかなかったけど、確かにおかしな腫れ方をしているのです。甲状腺の病気かも?という説もあり検査は受けました。CTも撮りました。結果………、どうも胃の中に異物があるようです。ひえー!どういうことなの?うんちで出てないってことでしょ?胃の中に刺さってるってこと?月曜日に胃カメラやるということでそのときに判明するはずですが…いったい何があるんだろうか。

でも、食べれない原因が胃の中の異物のせいだとは断定出来ないらしいです。でも、それが取り除かれて治る可能性もあるので変なものはさっさと取り出してしまいたいものです。異物のせいで胃の働きが悪くなり、喉が腫れ、口にしたものが胃に落ちていかなくて(母曰く、何かを口にしても通り道がふさがれた感じで一定のところから落ちていかないらしく戻すことしか出来ないとのこと)戻したりしていたおかげで気管支炎になり肺炎という流れだったのかなと。熱も平熱になっているし、白血球も20000(ちょっと異常すぎる数値ですね)を越えていたのが正常値になり、あとはごはんが食べれるようになれば体力も戻ってくるはず…。あと一息のところまで来ているので月曜日の胃カメラで全て解決すればいいのですが。なんせ年の瀬・正月。医者が通常営業になるまで結構間が開いてしまうのでその間に何かあったら困るし、良くないことは全部2014年に置いて行きたいところ。

異物とはいったいなんなのか…心配しているのは当たり前ですが、どんな異物が出てくるのか興味津々でもあります。1年以上前だけれど、薬をうっかりフィルムのまま飲んでしまったことがあって(この報告を受けたときはショックでした…)それくらいしか思い当たることがないわけで。知らないうちに何か誤飲している可能性もありますが…。とにかく胃にとどまっているということが摩訶不思議に思えるのです。小さいものならうんちで出てそうなのに!何が出てきたかはまた後日報告出来たらと思います(報告できるものだといいな!w)。早く体調万全になって欲しいなぁと切に願うばかりです。

↑職場の子からいただいたプレゼント。

■母の体調悪し。

ここ1年くらいはずっとパーマヘアですが、ここ2回ほどうまくパーマが掛からず、2回とも掛け直しに行ってまして。11日に掛け直しに行ってきたら強いパーマ剤を使ってくれたのでしっかり思った通りに掛かりました。直しなのでもちろんタダ。自分なりに調べてみたところどうやら私の髪の毛はしっかりしているのでパーマ剤がうまく浸透しないみたい(調べてみたらこういうことなのね!?と言ったらまさにその通りとのこと)。ナチュラル志向な美容師さんなので基本的にはそんなにキツくないパーマ剤を使っているみたいで。結構短くしてる期間が長くなってきたのでそろそろ伸ばそうかと思ってみたりするものの、短くしてパーマという楽ちんさから抜け出せないような気がする…。それに今回のパーマ剤ならちゃんと掛かると分かってしまえば、次からは上手く掛からないと悩まずに済むし。でもパーマもそろそろ飽きてきたような。まっ、そのときそのときで適当に決めよう。

ちょっと前から母の体調が悪く今週に入ってから本格的に悪くなり、持病(今年発病した自己免疫疾患)の関係もあって大学病院のいろんな科をたらい回し。そうこうしているうちに水分も食べ物も全く喉を通らなくなり、脱水症状を回避すべく近くのクリニックに点滴しに行って見てもらった結果、気管支炎悪化からの肺炎とのこと。入院することも検討したけれど15年前に入院したときの嫌な記憶があるようで通いで治療することに。今は私の仕事も閑散期なので毎日様子を見に行けるので良かった。というか大学病院のいろんな科をたらい回しにされた意味ないし…。持病の関係があるとは言え、なんか腑に落ちないよね。

大学病院の方でも抗生物質の薬はもらっていたのです。でも水分が上手くとれない上に何か口に入れても喉を通らないらしく、恐らく薬ももどしてしまっていたので効いてなかったみたいで。最初にクリニックに行ったときにもらった薬も結局うまく飲めていなかったようで、先生と相談した結果、午前と午後2回点滴をしに通うことに。抗生剤の点滴はもう5回ほどやったけど、ちょっとずつ改善されてきていて、ちょっとずつごはんが食べれるようになり、水分も摂れて薬ももどさず飲めるようになってきた。今日は声に張りも出てきたし、いちばん弱ってたときからしたらだいぶ楽そう。とは言えまだまだしんどそうだけど。でもピークは越えたかな?!という感じ。お腹が空いているのに食べれない、食べてももどしてしまうという状況だったのでホントにかわいそうで…。なんか目の前でぱくぱく食べてすいませんって感じ(笑)。食べれなかったおかげで元々細い母の体重は引くほどの数字に…私のミートテックを分けてあげたい。すぐには増えないだろうけどちょっとずつ元に戻って行けばいいのだけれど。

私も風邪など引いたときには一人暮らしを始めたころからずっと利用しているクリニックで、私はそこの先生が母と同じ名前でなんとなく好きなんですよね。ハキハキしていて良いオーラを感じる。今回も「同じ真理子なんだから絶対直してあげるから!」と熱心に看てくれています。大学病院が熱心に看ていないというわけではないんだろうけど、なんというか大学病院より心強い。大学病院がダメというわけではないとは思うけど、なんとなく見方が違うんだろうなという印象を受ける。大学病院での母の担当の先生とクリニックの先生は友だちらしく、母の担当の先生のことも○○くんと呼んでいて(恐らく一緒に勉強していた時代があるんでしょうね)、連携取って報告してくれているようで。更にやせ細って弱っている母を見てこれからどうなっちゃうんだろうと不安だったけれど、やっと出口が見えた感じ。

自分ももう33歳ともなれば親も歳を取るわけで。今年は特に母の体調が悪いことが多くて私自身もいろいろ不安になることが多くて。ホントね、私これ1人だったら耐えられないんじゃないかと思う。彼氏のことはほったらかしになってしまって申し訳ないけど、母のところに通いながら彼氏とちょっと顔を合わせて何気ない会話をするだけでちょっと落ち着く。体調が悪くて1人で心細いのは母もきっと同じで誰かがいることでちょっとは落ち着いたり安心したりするんだろうなと。改めて母のことはもちろん、彼氏と友だちももっと大切にしようと思ったのでした。

あ、母が点滴をしている間にインフルエンザの予防接種を受けておいた。今年の1月から3月の繁忙期にインフルエンザでお休みしてた人もいたし、1週間近く休むことになると稼ぎがかなり変わってくるので予防接種することで防げるならそれに越したことなし。そして今予防接種したところが面白いくらい腫れています。太い腕が更に太く…(笑)。

年末に向けて仕事も含めちょこちょこと予定が入っている風邪引かないよう気をつけないと。皆さんも体調には充分お気を付け下さいませ。

OOTEMORIのクリスマスツリー。7.5m。かなり大きいです。

■仕事が楽しいとか言ってみる。

 

溜まりすぎて何から書いていいやらなんですが、とりあえずキーボードとマウスを買い換えてみた。なので12月中はたくさんパソコン付けてBlog更新出来そうな気がします。そもそもパソコン買い換えてから満足出来るくらいパソコンいじってない!もっと自分らしくカスタマイズしたいのに!ということで今年中にもっとこのパソコンと仲良くなります。

相変わらずの仕事三昧なんですが、その狭間でもある12月。今年は例年に比べると仕事はある方で、水曜日と土曜日に固定で同じところへ出向してます。それ以外もちらほら。0よりいいのでありがたや!ですよ。11月はとあるドラッグストアのお仕事でそれはそれはもうヘトヘトでした。私が入る現場どこもかしこもハマって長時間労働になるんですもの…。毎度のことながら行き先も神奈川県が大半を占めるので移動にも時間かかるし。でも全て終わったときには達成感と満足感、そしてたくさん稼げてニンマリ!ってな感じです。

この仕事始めたときには想像もつかなかったくらいみんな仲良しで、イヤになることもほとんどなく楽しく働けていることに感謝。飲み会どころかボーリング大会だったり、特に仲のいい子同士集まってごはん食べたり仕事のときもそうじゃないときもワイワイ楽しくやってます。年上も年下も同い年もみーんな仲良く真面目に働き、真剣に遊んでます。


10月の頭にボーリング大会があったんだけど、こそっと練習に行ったにも関わらずブービー賞をとってしまった私。そのときの景品が上の写真です。ブービー賞はケツから2番目ってことで女子向けの景品でした。ってかこれ万が一男の人がとってたらどうなってたんだ(笑)。ローションパックと小顔矯正マスクのセットでした。練習までしてブービー賞を取ってしまう自分に対しての不満はありますが景品には大満足です(ものをもらえて嬉しいという単純な私)。写真手前は鎌倉に行った子からおみやげでいただいた鳩サブレーのあぶらとり紙。中身がなくなったらカードケースに出来る感じ。右の水色のラッピングのものは別の子から普段お世話になっているからということでティーセットをいただきまして。


ボーリング大会より前にも日頃の感謝ということでまた別の子から猫のデザインのトートバッグをいただきまして。なんにもないときにプレゼントもらうなんてなかなかないのですごく嬉しかったな〜。意外な分、喜びも大きい。誕生日にプレゼントもらうと私ごときにすいません…とか思っちゃうタイプなので…(プレゼントをもらうことに慣れていない人)。

とにかく楽しく仕事してます。とにかく楽しいです。そのおかげで仕事以外の時間も楽しくなるわけですね。気持ちよく仕事が出来るとプライベートも充実してくるという。誰も帰らないし帰りづらくてイヤだな、早く帰りたいな…と思いながら日給7500円で朝から終電近くまで仕事してお金にも時間にも気持ちにも余裕がなくなって、不眠症になって精神不安定になって医者通いしてたときとはワケが違います。でも、そういうときがあったからこそ分かるこの幸せ。みんな元々は短期で入ってるのでいずれ辞めていくだろうけど、ずっと付き合っていきたい人とたくさん出会えたことはとても大きなこと。自分らしく仕事が出来るってことは本当に幸せなんだと感じる今日この頃です。

■5月のあれこれ。

6月ももう13日とは…時の流れが早すぎる。5月は驚きの忙しさ!2月より稼働時間長かったです…ビックリ。この仕事してから過去最高を更新。とあるドラッグストアの棚卸しだったんだけど、人手不足継続でなかなかやばかったです。あんまり体調も良くなくて長時間労働で頭が痛かったり遠いのに早番だったりで遅刻してしまうかもしれん、と思ったけどなんとか大丈夫でございました。良かった!しかもドラッグストアの棚卸しが終わってから某国民的衣料店の棚卸しもあり、予想していた以上に稼げたのでした。まぁ3日連続某国民的衣料店ってのはかなりしんどかったけど!

5月は働きまくって遊びまくるという感じで、ドラッグストアの棚卸しが終わってから某国民的衣料店の棚卸しまで6日くらい仕事がない期間があって、その期間中も遊びまくりで忙しかったです(笑)。

仕事の飲み会にLIVEに野球2日連続という感じで。棚卸しの飲み会もなんだかんだ総勢30名くらい集まって朝まで盛り上がりました。カップルも誕生しちゃったりして、ユカリさんテンション上がるの巻。前回の10月にあった飲み会のときももデジカメ持って行って楽しかったので、今回は新しいデジカメを持って行って写真係みたいになってました(笑)。

翌日はLIVEだったので終電で帰ろうと思ってたけど、20時開始で朝までビール飲めて3800円って安すぎだしお得だし楽しいしで結局朝までね(笑)。


そんなんで翌日はDefspiralの4周年記念ワンマンへ。頭ちょっと遅れちゃったけど持ち曲を全てやるということで長丁場。2時間以上は見れました。TRANSTIC NERVEの一夜限りの復活の詳細も発表されて私は感極まって涙ちょちょ切れたね…!

更に翌日は西武ドームへ交流戦を見に行き、帰ってきて疲れて寝てしまい明け方夜中に目が覚めたら明日出勤出来ませんか?とお仕事のメールが。断っても大丈夫だったみたいだけど、野球観戦グッズを仕込んでお仕事行きましたよ。そして仕事が終わってから神宮球場へ楽天戦を見に(笑)。家にいたらなんだかんだ行かないだろうと思ったので出たついでに球場へ行くという作戦。楽天戦…負けましたけど。西武戦も負けましたけど…。私が行くと絶対負けるのはなぜ!?(笑)野球のことはまた別で詳しく。

そんなんで、実は5月には自分の誕生日がありまして33歳になりました。ひえー。怖いね、33歳だって!誕生日は休みだったけど、8日の仕事中、日付が変わって9日になると誕生日!という感じで、いろんな人からお菓子とかタバコをもらいました。ありがたや〜。翌朝帰宅すると彼氏がケーキを用意していてくれていた!何も考えてないと思ってたのでちょっと感動。しかしこの日彼氏は昼夜仕事だったのですれ違い。疲れ果てて寝るだけの誕生日だったけど、かわいいケーキでほっこり。


そうだ、仕事中に誕生日を迎える日ね、集合時間がすごく早くて前日の現場的に一度家に帰っても休めない感じだったので町田の漫画喫茶に行って5時間くらい寝て仕事行ったんだった(笑)。漫画喫茶行ってなかったらもっと寝れてなかったということ!寝づらいかと思いきやそんなこともなく、起きたらスッキリしてていい感じでした。なんだかんだお金は掛かっちゃうけどこういうのもたまにはありだなと。最近の漫画喫茶はシャワーもあったりするしね〜。

そうだ、今年は誕生日プレゼントにLINEのスタンプを友だちからもらったりもしました。気軽なプレゼントで離れてる人にも送れるいいプレゼントだなと。私もさっそくLINEのスタンプを誕生日迎えた子にプレゼントしましたわ。

33歳はどんな1年にしようかと考えましたところ、若返りと若作りですよ!ちょっといろいろと必死にやらないと老けていく一方なので女子的な部分を頑張ろうと思ったのでした。第一弾として4月に美容室行ったときに久しぶりに前髪なんぞ作ってね。伸びてはちょきちょき自分で切ってますわ。でももう暑くなって来て鬱陶しいので伸ばすかな〜。悩み中。


そしてこれ↑ですよ!ローラーで顔コロコロしてます。これがなかなか効くもんで。毎日ちょっとずつコロコロしてたら、3週間振りくらいに現場被った人に「ちょっと痩せたんじゃない!?」と言ってもらえた(笑)。その人はお世辞を言うタイプの人でもないのでこれは効果あったな、と。刺激することで引き締まるもんです。劇的に効果なかったとしてもマッサージで血行が良くなって化粧のノリも良くなって万々歳。そういえば、5月入る前に化粧品の整頓をして使わなくなったり使えなくなったものをごっそり捨てたのでした。だいぶスッキリした!勿体ないなーってものもたくさんあったけど、使ってないものは捨てようということでね。

6月もちょっとお仕事があるのですが、旅行がてらこまちスタジアム(秋田)へ野球を見に行くことになったので今から楽しみ。今どんだけ雨降ってもいいからこまちスタジアムのときは頼むから雨降らないで!と祈るばかり。野球見て観光して彼氏の実家に顔を出す予定。前回の旅行が10月だったから今回はあまり期間を空けずに行けることになって良かった。私はあまり旅行慣れしてないので彼氏が率先していろいろやってくれるので本当にありがたい。

また7月中旬くらいから9月末まで忙しいだろうから旅行してリフレッシュして頑張れたらいいなと。そして夏期は頼むから人手不足という事態にならないで!と(笑)。夏期は野球もあるので適度に休んで野球もたくさん見に行けたらいいな〜。


そうそう、電気ポットも新調しました。この家に住んで3代目。2代目はなかなか長く使ってたのでやっと変えたって感じで。夏にはテレビもいよいよ買い換える予定でございます。

■ボートレース江戸川へ行くの巻。

諸々書きたいことが溜まっているというのに、よっしゃ!書こう!と思って手始めに料理の記録をUPして力尽きてしまうというダメっぷりの繰り返しでございました。料理だけは日々真面目に取り組んでます。やっぱり料理は楽しい!今となっては立派な趣味の1つになったもんです。


10日は昔の職場の仲間と3人でボートレース江戸川へ行って来ました。市村沙樹ちゃんの応援。実は選手になる前からの知り合いで、競艇学校を受験して合格してデビューしてもう6年弱になるというのにレースを見に行くのは今回が初めてでした。小さい頃に父親と祖父に連れられて競艇場に行ったことはあったけど、こうして大人になって自分の意思で行くのは初めて。儲けようとは思わずちょっと遊んだだけでしたが…まぁ当たるわけもなく惨敗。声を掛けてくれたおじさん(おじさんつっても70歳だと言っていた…その割には若く見えたし元気で紳士な方でした)にアドバイスをもらって買った舟券が520円になったけど、ボックスで買っていたのでマイナスでした(笑)。一緒に行った友だち2人は何度か来たことあったみたいでぼちぼち当てていて最終的にちょっとプラスになってて羨ましい限り。ちょくちょく話してたおじさんからジュース奢ってもらっちゃった(笑)。


この日は天気も良くて暑いくらい。水面がキラキラしてていい感じで沙樹ちゃんも2着になって活躍している姿が見れてホント良かった!新婚ほやほやの沙樹ちゃん、今後もたくさん活躍して女子ボートレーサーの顔になって欲しいもんです。

私、残念ながらギャンブルセンスや運は持っていないようですので、たまに行って1レース100円から300円くらいずつ賭けて遊ぶくらいなら、全部外れたとしても1日中遊べるしいいんじゃないかな〜と思ったのでした。また行くこともあると思うのでコツくらいは調べておこうとは思ってますが(笑)。


沙樹ちゃんが出るレースが終わってから新宿へ。ALTAに出たらすんごい行列があってなんだ?と思ったら今流行ってるらしいクロワッサンたい焼のお店だった。友だちが買いたいというので、飲み屋が開くまで時間もあったので並ぶことに。なんだかんだ1時間弱くらい並んだかなぁ。並んだからには買わないと!ってことで買いましたが…なかなか美味しかったです。でもまた並んでまで買おうとは思わないかも(笑)。ブームが落ち着いて10人以内の行列ならって感じ。クロワッサン生地が重い分、あんこの甘みはもうちょっと押さえてくれてもいいかなって感想です。

クロワッサンたい焼をぶら下げながら歌舞伎町にあるエビスコ酒場さんへ。友だちがプロレスが好きで、こちらのお店はDDTの練習生さんがたくさん働いているとのことで。リーズナブルで美味しくて私の好きな感じのお店だった!ここは新宿で飲み屋探してるときには行ってしまいますね。昔話から今の話までいろいろ盛り上がって私はここで帰ることに。2人はまた別のお店へ消えて行ったのでした。一緒に働いていたときはこの3人でどこかに出かけるようになるとは思ってもみなかったので楽しかったなぁ。1人とは連絡取ったり顔合わせたり定期的にしてたけど、もう1人は野球見に行くようになってから神宮球場で売り子してるのを発見してよく顔は合わせてて。でも個人的に連絡取ったりはほとんどしてなかったので、こんな風に3人で出かけるようになるとはって感じ。当時は一緒にごはん食べに行ったこともなかったくらい。別に仲が悪かったとかではないけど、特別親しくもなかっただけね。

競艇なんか行っちゃって、たまにはこんな遊びもいいなと思ったのでした。

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